大学生の時、教会に通っていた大切な思い出のなかで、聖書を読む時間は好奇心でいっぱいになることがありました。説教の時間、聖書を学ぶ時間に先生や諸先輩方が丁寧に読み解き、学びと感謝と悔い改めに導くなかで私は「1アンマ」がどれくらいの長さか、「乳香と没薬」の香りがどんなものか、「幕屋の建設」がどんなものか、現代の単位や言葉で説明があっても頭のどこかに「?」が残っていました。
自分なりに、読むだけでは長々しくつまらないアブラハムの家族の羅列を家系図にしてみた時間が一番楽しかったです。いまとなっては書き残したものをちゃんと答え合わせすればよかったと後悔しています…。
大事なところはそういうところじゃない、と一応は理解していたので、笑ったり泣いたり塞ぎ込んだりまぁいいかと投げ出してみたり、奔放に、無責任に、楽しい20代の教会生活を過ごしました。仕事と、家族関係が負担で身体に異常が現れたのを機に、楽しかった教会は慰めにも励ましにもならなくなり、私は教会生活をやめました。
信仰を捨てたわけではなかったのでご近所や、地方のあたたかな雰囲気の教会に3、4箇所お邪魔することもありましたが、二回目の訪問はできませんでした。私に必要なのはどういう環境の教会に通うかではなく、自分はどういう考えで生きるべきなのかを決めるべきだと思いました。
私に計画があるならば、それを他の誰でもなく私が必ずやらなければならないとしたら。神様はやらなければいけない状況にするか、私がやりたくなるか、やるべきだと思うようにするだろう。
このような考えに落ち着いて、特に何の使命感もなく6、7年経った頃でした。教会から離れ、聖書から離れ、でも”聖書的な”何かはそばにあって欲しい。そんなわがままな考えから聖書的なモノをネットで探していると、ふと以前からの疑問が浮かびました。
何で乳香と没薬の香りを感じながら聖書を読むことができないんだ?
2022年の6月に、明確にこれが欲しいと思ったのが「東方の三博士からの贈り物」でした。聖書を読みながらあの瞬間の香りを感じて黙想するなかで、自分だけじゃなく大切な誰かに深い感動と感謝を贈ることができたなら…!こんなに素敵なことはないだろうと思いました。
これはサンタクロースに勝てる!!世の中に降誕の感謝と喜びが届いてないから、サンタクロースのくれるプレゼントのワクワクに置き換わってしまったこの世界に、このギフトでクリスマスの原点回帰を目指そうと思いました。今年こそはクリスマスをサンタのものにしない。毎年少しずつでも、世の中のクリスマスをキリストのものにお返しできることをしたい。いま私はまんまと神の御手の中で、良いように転がされているのだと思いますが、悪い気分はしないです。むしろ小さくても役割を見つけた喜びで満たされています。
最後まで読んでくださったあなたにもこのような喜びを見つけられるように願います。


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